性懲りとは?/ セントラルファイナンス
[ 507] 歴史は性懲りもなく繰り返すが、何もかもが懐かしいなどとは思わない
[引用サイト] http://www.yamdas.org/column/technique/history.html
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今月もインターネットマガジンを編集部よりいただいたのだが、最新号の巻頭インタビューはティム・バーナーズ・リーのインタビューだった。 彼クラスの偉人となると、背負うものが大きかったりして喋ることに新鮮味がなくなるし、インタビュアーもあまり突っ込んだことを聞かなくなるのでそう面白いものでもないのだが、彼のインタビューはセマンティックWebという現在進行中のプロジェクトについて語っているだけまだ現役感があった。余談だが、彼は下から撮ったアングルがジョン・ライドンに似ていると以前から思うのだが、そんなことを考えるのはワタシだけか。 さて、このインタビューを読みワタシがぼんやり思ったのは、彼が語るようなセマンティックWebがそのまま実現することはおそらくないだろうなということ。 こういうのを書くと一部から反発を食うだろうしバカにもされるだろうが、実際そんなところだから隠してもしょうがないと考えをもう少し続けると、ティム・バーナーズ・リーらの構想は正当性があるし、目指すべき方向性は間違っていない。しかし、彼らの実現しようとするウェブは立派過ぎるのだ。セマンティックウェブを構成する技術で見事に階層図が書けてしまう。しかし、そのような伽藍が完成するまでにウェブはとっくに今ある形と変わってしまうだろう。もちろんその変化にまったく対応できないと言いたいわけではないけれど…… Web 2.0 というフレーズが使われるようになった初期は、それはセマンティックウェブと同義だった。この二つの概念は似通っており、補完的な関係にある。 とあり、大枠同じ方向を向いているとは言える。しかし、「初期は同義だった」と断っているのを見て分かる通り現在は同じものを指してはいない。 これは当方の私見だが、Web 2.0 で括られる技術にはとにかくどんどん実装してサービス提供することを第一に考える実用性重視を感じる。はじめ del.icio.us を知ったときは、その「タグ」の仕組みがなんとも原始的というか、行き当たりばったりに思えたものである。しかし、それが今ではソーシャルブックマークや Folksonomy といった言葉でまとめられ、他サービスとの連携もなんとなく実現している。理屈や連携は後からでも何とかなるものなのかもしれない。 そうした意味で、ティム・バーナーズ・リーのインタビューの後、「RSSは新たな時代の入口にすぎない セマンティックWeb入門」という平川泰之氏の原稿が続き、そして「RSSメディアビジネス最前線」という特集が来るインターネットマガジンの構成は少し皮肉な感じもした。 RSS 2.0 の主導者である Dave Winer については毀誉褒貶あるが、清廉潔白さより下世話でベタベタな純粋技術者タイプの人たちにウケの良くないかもしれないが普及重視の姿勢は、確かにセマンティックウェブ構想の立派さとは噛みが悪いように思える。しかし、歴史において勝利してきたのは清廉潔白より下世話でベタベタのほうが多いのではないか。 「一年」というのは、当方が第一回Wikiばなのために書いたポジションペーパーを指しているわけだが、ワタシも最初 mojix 氏のエントリを読み、それがどんどんブックマークされるのを見て正直驚いた。 しかし、それは嫌な感覚ではなかった。自分が書いたことが何らかの形で他の人に受け継がれる……と書くと大げさだが、そうした水脈を確かめられてよかった。あと一点付け加えておくと、mojix 氏のエントリを指して「m.e.s.h.メソッド」などと評するのはそれこそ「言いすぎ」であり、フェアではないと思う。 ワタシが感動したのは、たださんの言説がその当時の状況をピッタリ言い表していたから、ではない。むしろはじめて読んだとき、いささか無謀じゃないかとすら思ったものだ。思い出してほしい。この文章が書かれた2003年初頭は国内の企業によるブログサービスといえばはてなダイアリーがベータサービスをはじめたばかりで、ここまでブログが一般的になるとは思わなかった。ましてや Wiki など『Wiki Way』は刊行されていたが認知度はまだ低かった。しかしたださんは、それらを「個人サイト構築の両輪」とこともなげに言い切ったのである。ああ、この人にはその未来が見えているのだな、と興奮を覚えたわけだ。 しかし、久しぶりに自分が書いたポジションペーパーを読み直すと、明らかに間違った言葉を使っているのに気付いたり、当時はこれをやろうとしていたのにできなかったなと苦い想いもしたりする。 閑話休題。上に書いた「当時はこれをやろうとしていたのにできなかった」というのは実は mojix 氏のエントリにも通じる話で、もっとワタシなどが頑張って Wiki の素晴らしさを啓蒙する文章を書けていたらよかったのにと思うのである。 最近それを痛感させられたのは、当方のエントリを受けたふしはらかんさんの「不自由な自由さとWiki」を読んだときである。件のポジションペーパーを書いた当時から考えてきたが形にできなかったことを思い出したわけである。 Wikiのコンセプトは全体的にとてもオープンなのですが、(初めのうちは)構造化されていないため、この種の手引きが、大抵の初心者には必要なようです。大学におけるケーススタディ(11章)と企業におけるケーススタディ(12章)のいずれも、新規ユーザを課題指向の環境下で、ある程度指導する必要性を強く示唆しています。通常は管理者や他のユーザによる、参考となるコンテンツが既にありますから、公に議論を行う場では、その必要性があまり目立たないかもしれません。しかし、利用開始間もないWikiは、作家におなじみの、恐ろしい「空白ページ」症候群を引き起こしやすいのです。(81ページ) つまり何もない Wiki にユーザを放り込んで、さあコラボレーションだと言ってもユーザは途方に暮れ、正に「空白ページ症候群」状態になるわけである。 『Wiki Way』では手を変え品を変えそれに対する方策を説いている。ページテンプレートに必要な機能(検索機能など)へのリンクを入れて利便性を高めるというのが一つだし、やはり Wiki にも全体の主導者が必要で、そうした人(達)が規範を見せることで他のユーザも続けるようになる。 これはテクノラティジャパンの始動に合わせた株式会社テクノラティジャパン取締役の「ブログの伝道師とか書かれると困っちゃうんだよね。そんなこと言ってないのに」と笑うJoiこと伊藤穰一氏のインタビューなわけだが、このインタビューを読み彼の言葉遣いの巧妙さに唸らされた。 批判の論拠としては、「(ブログって)ただの日記じゃないか。また伊藤がさも自分が発明したかのようにうんぬん」であったり、「日本とアメリカは違う。(日本人は)閉鎖的でブログなどは普及しない」といったようなことなどでした。確かに当時、日本の日記サイトで使われていた技術、例えばはてなのリンク分析の機能などは、はっきり言ってブログが持っていた機能より高度なものでしたから、その意味では批判の中にも真実はありました。 さて上でワタシは「彼の言葉遣いの巧妙さ」と書いたが、それは彼がこのインタビューで執拗に繰り返す「ニホン(ジン)は閉鎖的」というメッセージであり、それについてはモヒカン族 otsune 氏も触れているが、上に引用した中での「日本とアメリカは違う。(日本人は)閉鎖的でブログなどは普及しない」という発言はどうなんだろう。ニホンジンが閉鎖的だからブログが普及しないと言った人いましたかい? 勝手に架空のニホンジンに自分のメッセージを託してやいませんかい? 当時の批判は、外面的な機能性では似たようなものがあるのにさも新しいもののように言うなということで、その中には tDiary のツッコミ機能などの「コミュニケーション機能」も含まれており、サイト間の言及を通したコミュニケーションならそれこそハイパーダイアリーとか言っていた頃からあったわけである。 というか「はてな」だけじゃ何のサービスか分からないだろう。こういうのをちゃんと直すのが編集者の仕事だろうに。 |
[ 508] ジェネジャン性懲りもなく心霊SP:ヘボログ:So-net blog
[引用サイト] http://heboro.blog.so-net.ne.jp/2007-04-15
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人がゲームやってて一段落的にエロ動画でも見ようかと思っているときにふとテレビさん見たらジェネジャンスペシャルやってんじゃん! 全くなんて迷惑な! しかもまー性懲りもなくというか相も変わらずスピリチュアル大激論とか言ってくさるしさ! まぁ前回も何か書くかなぁ、どうすっかなぁ、とか思いつつ面倒くさいので結局何も書かなかったのですが、僕は本当、テレビとかでやる心霊検証とかいうネタは、どーしょもねぇなぁ、と思っています。 ばーかばーか、ぺとろばーか! まぁ一応アレなので、僕的なこのテのアレに対するスタンスみたいなものをだらっと書きますです。 番組も見ないでなっ! あのね僕はね。(マギー司郎の発音で) 霊が物理的な意味合いで居るか居ないかとか、オーラや前世があるか無いかなんてのは、「どうでも良い」 と思っています。 これは、「科学的にアリもしないからどうでも良い」 のではなく、それらの概念を科学的に検証しよう、検証して真実を知らしめよう、という様な事が、「全く意味が無く、どうでも良い」 と思っているという事です。 霊なんて全部嘘なんだから、それを物質として実在するかなんて検証する意味は無いんです。あるとしたら、単純な科学的好奇心とかそういうものとしてでしか無く (そういう意味で、科学者が検証するのは構わないし、そこに科学的な意義はあるとは思いますが)、社会的な意味なんてのは無いンです。 霊、霊能、だなんていうのは、文化なんですよ。 そして人間の文化なんてのはすべて嘘なんですよ。実在なんかしません。 文化というのは、概念としてしか存在しないのですから。 だから、霊だとか霊能者だとかというのは、文化的観点で語ることであって、科学だ物理学だとかというもので語る事ではないんです。 科学者が、心霊の存在を否定するという恣意的な動機でもって、文化でしかない心霊の実在を云々しようなんてのは、愚の骨頂です。 いいんですよ、そんなのは。どうだって。 そんなのは、「愛の実在を科学的に証明しろ」 だとか、「感動の実在を科学的に証明しろ」 だとか、「わび数奇を科学的に検証しろ」 だとかいう事と同じなんです。 愛だの恋いだのを科学という曖昧さを許さない尺度で検証したら、脳内麻薬の過剰分泌であったり、種の保存に根ざした本能の顕れだとか、吊り橋効果がどうのこうのだとか、ちょっとした豆知識的にしか面白くないお話にしかならない。まぁ豆知識的には面白いんですが、それで 「だから愛など存在しない」 なんてのは、おばかてぃやんな物言いでしょう。 愛という現象がただの脳内麻薬物質の過剰分泌でしかないという事実と、愛という概念における文化的な価値や、ここの人間関係における有用性は、どちらかが正しくどちらかが間違っている、という風に取捨選択する様な事ではない。 それはそれ、これはこれ、ですよ。 同様に、そういう事を軸にして、心霊だとかなんだとかというものを否定し、心霊という文化には何ら価値も意味もないという事を真実だと喧伝するなんてのは、全く科学的な姿勢じゃあない。 それは、単に世の中のいろんな物事を、「科学的」と言う曖昧な概念で染め上げようという、ただの科学教の布教活動でしかないにょですよ。 …なんかてきとうに書いていたら一気に書くこと終わっちゃった感じだなぁ。 いや、良いんですけどもね。それで。 まぁ、このテの番組は、基本、「科学vs.心霊」 って形に演出するでしょう。 それが本当に意味がない。イミガナーイ。キレテナーイ。(うわ、最新ギャグ) 「辛党vs.甘党」 とかと同じレベルじゃあねぇですか。(もちろん今、『ナイナイサイズ』 を見てますよ?) 上で書いた通り、心霊と科学ってのは、扱う分野が全く違うんです。 同じ味覚、味の嗜好という分野で、甘いのが好きか辛いのが好きか、なんてのと同じ扱いではいけません。明治の人間じゃああるまいし、ですよ。 (辛さというのは厳密には味覚ではなく痛覚であるとか、そういうつっこみは却下です!) 文化とは何か、なわけですよ。 おっと、突然大上段に入ったねぇ。 文化というのは、“意味づけ” です。 現象、事実に対して、「どういう意味をつけるのか」。 それが、人の文化というものです。 科学は、意味づけをしません。というか、してはいけません。 科学を意味づけ目的に使おうとする事を、疑似科学、インチキ科学といいます。 ちょっと前に 「ゲーム脳」 というのをはやらせようとしたインチキ科学者が居ましたね。 あれはまさにわかりやすいインチキ科学です。 「ゲームをしている最中にはかった脳波が、α波の多いもものとなっている」 という現象に対して、強引に 「α波が多いのは痴呆状態と同じであり、ゲームをすると痴呆になる」 という「意味づけ」 をしたものなワケです。 実際には、α波はリラックス状態にある時に多く見られる波形で、α波が出る事が痴呆状態の証明にはなりませんし、ましてやゲームをする、という行為との因果関係は何等検証されていません。 本当の意味での科学的思考というのは、「あるものはある、ないものはない、分からないものは分からない」という、ただ当たり前の事実を当たり前のこととして前提にすることであって、何ら恣意的なものの挟まる余地はないのです。 だから、科学で文化を語ることは無理なのです。 文化というのは、そこにあるものに意味を与え、実在しないものを存在させることです。 だからすべて嘘であり、すべて方便なのです。 実在しない神や、起こっていない創世記を語るのも文化ですし、ただの土塊を焼いただけのモノに骨董品というカテゴライズをして1000万円だのの値を付けるのも文化です。愛を語り詩を詠うのも文化で、死後の世界や前世の業を論ずるのも、人の行いに善悪や正否を問うのも、占星術や四柱推命によって人の生まれ持った素養や未来の禍福を見るのも文化です。 それらが科学的に起こっていないとか実在していないとか、あるいは意味がないとかあるだとか、そんな事はハナからどうでも良いのです。 あろうが無かろうが、そこに意味を与えて、その意味によって満足を得たり、生きることの糧としたりするのが文化です。 だから。 心霊やらスピリチュアルやらを語るときは、文化的な観点で語らねばなりません。 もし、霊能者や占い師を称する個人の行いや語りの中に過ちがあると感じるならば、きちんと文化的に検証して、文化的に批判しなければならない。 それが出来ない無知蒙昧の能なしは黙ってなさいって事ですよっ! ぶっちゃければっ! だから僕は黙ります! (えーっ!?) 前回の番組の中で、一つだけ印象に残っている場面があってですね。 誰だったかが、依頼者の前世を語る事について、ある人に対して 「前線が動物だとかゴキブリだとか、そんな事を言ってはいけない」 という主張をしていたのですよ。 「我々は言葉で人を殺しうる仕事をして居るんです。悩んでいる依頼者に、前世がゴキブリだなんて告げて、その人が救われると思うんですか?」 と言っていて。 これは、僕は正しい批判だなぁと思いました。 目的と、手段なんですよ。 依頼者を救う、という目的があって、その手段に占いだとか心霊だとかがある。 重要なのは、それが正しく目的に対して機能しているかどうかであり、問うべきは霊やオーラの自在なんかではなく、それによってきちんと依頼者を救えているかどうかなんです。 依頼者をきちんと救えているなら、それで何の問題もない。 救えていないときに、いかに救えていないかを批判するべきであって、それは、目的に対して結果が間違っているという事の批判であるべきなんです。 医療事故で患者を死なせた医者が居たときに、医学のすべてを一緒に批判するのはバカの考え方なのと同じように、霊能や占いやらも、個々の事例やそれら個人をきちんと批判しなければいけないんです。 占いのことも霊能の事も、「知らないし分からないから」 と言って全部まとめて否定するのは、「医学のことは分からないから」 という理由で、「医者はすべてインチキで、医者になんかかかるヤツが悪い」 なんてのと同じくらいに暴論なんです。 科学と文化を対立させるという基本姿勢が間違っている上に、例えばゲーム脳のようなインチキ科学を批判するときは、きちんと科学的に批判しなければならないのと同じように、心霊や占いの中にあるインチキを批判するときは、ちゃんと文化的に批判しなければなりません。 なんでも鑑定団で1000万の値が付いた茶碗に対して、「科学的に見ればそれはただの古い土塊だよ」 なんて批判をしても何の意味もないんです。 だから、インチキの霊能者やインチキの占い師にだまされている人を救いたい、などという大義名分を掲げるならば、ちゃんと相手の土俵に降りて、文化的な立場で批判しなければ何の意味もないんです。 そして結局のところこのテの番組、このテの企画でやる事と言うのは、そういう文化的な意味で信じるモノが異なる人 (骨董品に大金をはたいて満足する人と同じように、心霊や占いという文化に傾倒する事に安らぎや慰めを求める人たち) を、バカだ何だとののしって自己満足に浸るだけ、という、実にばからしい茶番でしかなかったりするので、僕はそういう茶番をしてゲヒヒゲヒヒ言っている人をバカにしておこうかなっ! みたいなっ! なんかまとまった気がするからこんなもんでいいや。 巧妙になったペトロを見たよ。でも、結局、斜に構えてるってのは見透かされてるんだよ。もう、そこは、基本だから、直んないの!!。自意識の塊だけど、ちっとは、本音でしゃべろうや。 偉そうに言っていても、自分の生活が大事ですから、ある一定の所で、自分捨てて、郷に従っている人の方が賢い生き方と思います ところで、心霊現象についでですが、自分の家ではスイッチを切っていたipotが突然作動する、(店員に聞いてみたところ、そういう報告は聞いていないということだった)簡易テレビが誤作動起こすポータブルハードディスクが突然作動する等の機械の誤作動電波時計が早く進んだという事はじめ、「キーン」「ウィーン」という音と共に、耳に膜張った感じ、内耳のじりじりする痛み、鈍痛、頭が重い、耳の上の部分と、後頭部下辺りの鈍痛、時々ジーンという振動感じたり、何かがハジケル様な「パツン」というラップ音などしますが心霊現象と言われるんでしょうね ところで、数年前に北海道の方で、違法電波と思われるもので、シャッター、車のレーザーキーが誤作動した というニュースを見ましたが、私は、電磁波や、可聴域以外の特殊音波、その他、電波周波数が関係していると思うのですが、いかがでしょう?電磁波や低周波、超音波の影響でそういう事は、無いといわれる事が多いので、心霊ですかね?低周波公害を訴えている人もいるようですが、それも心霊現象で済ませばいいのにと思ってしまいます 電化製品系はあるみたいでスね。リモコンとか電波とか。 非常に電波の悪いところに住んでいるようですな! 電能者という職業の方がもしかしたら需要が増えるかもしれません。 そんな事例より、僕の部屋でリモコンを含めたいろんなモノがよく無くなる事例の方が、まず間違いなく妖怪リモコン隠しの仕業だと思います。 ヘボロさんのスタンスは、「心霊やらスピリチュアルやらを語るときは、文化的な観点で語らねばなりません」という事ですが、その理由がわかりません、似非霊能者が、物理的に、念力?で物を壊せると主張する以上、その主張に対しては、科学的な根拠を持って、反論をするのは、別に悪くないでしょう。というより、むしろ自然でしょう。また、下記の発言は完全に暴論でしょ。本当に 意味ないですか?>インチキの霊能者やインチキの占い師にだまされている人を救いたい、などという大義名分を掲げるならば、ちゃんと相手の土俵に降りて、文化的な立場で批判しなければ何の意味もないんです。インチキ霊能者に騙される人は、「インチキ霊能者が病気を治してくれる」とか言っているのを信じて大金はたいてる訳ですから。騙されている人の目を覚まさせる(あるいは、騙されない)には、科学的根拠にもとずいた批判は、全然OKだと思いますよ。それによって、目が覚める人もいるんじゃないですか?何の意味もないって事はないでしょう。訂正したほうがいいですよ。 僕のスタンス、というかこの記事で書いていることは実にシンプルです。 「オカルトで救えるならオカルトで救えばよいし、科学で救えるなら科学で救えばいい。どちらかでしか救ってはいけない/どちらかしか信じてはいけない、というのは、現実的ではないし横暴だ」 という事です。 現代医術で直せるモノを、治せもしない壺や祈祷で治せると言い張って、救いもせずに金をむしり取るなんてのは、救えていない時点でただの詐欺です。 しかしそれでは、現代医学でも直せない人はどうするのか? そこに対してのアンサーは、治せない時点で科学至上主義には存在して居ないのです。 僕が論点としているのは、対象者を救えているか救えていないかだけです。 救えないのならば、科学もオカルトも役立たずですし、救えるならばどちらも有用です。 しかし科学万能主義者というのは、オカルトで人を救うと言うことそれ自体までも否定するべきだというスタンスにいます。 それは結局、過科学という唯一真理に帰依しない異端は地獄にに落とせ、という事と大差ないのです。 繰り返しますが、救うことを前提にしたときに、ただ単にオカルトを科学というツールで解体することになんか 「意味はない」 のです。 なんでもかんでも、ぶっ壊しゃいいってンなら、世話は無ぇのです。 壊す前に、ちゃんと直すこと、再構築する事を視野にいれなさい。 それが出来ないなら、やたらに壊すんじゃあありません。 文化的なものとしてできあがっているオカルトを壊すなら、文化的に解体して、文化的に再構築するのが、一番まっとーなんです。 目が覚めればそれが救いだ、なんてのは、傲慢です。 別の言い方をするなら、出来の悪い嘘で救われていると思っている人を救うためには、もっと出来の良い嘘で騙すべきなんです。 そして科学は嘘をつけないから、嘘で救われている人を救うことは出来ないのです。 途中で科学を利用したとしても、きちんと嘘を残さなければ画竜点睛を欠くのです。 ちなみに、たいていの自称、科学万能主義の人は、「自分は科学的で正しい」 という嘘を自分につくことで、救われています。 |
[ 509] Amazon.co.jp: 性懲り (ノン・ノベル): 神崎 京介: 本
[引用サイト] http://www.amazon.co.jp/a�§a?2a??-a??a?3a?≫a??a??a?≪-c\?a´?-ao¬a≫?/dp/4396207964
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三つともない時は……。 この物語では、人生の充実に必要な三つのうちのいくつかを得られないまま仕事をつづけているサラリーマンの姿を描いた。 彼に訪れる千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンス。 彼は何をするのか。そして何を失い、何を得るのか。 男の正しい生き方のひとつを、わたしは書ききったつもりだ。 変化のない仕事、恋人との惰性の付き合い―。荒木智和は平凡な毎日に嫌気がさしていた。だが、そんな日々は恋人聡子と愛人関係にあるという常務の手帳を手に入れたことで一変する。そこには社内上層部に関わる、重要な秘密が語られているかもしれないのだ。信じていた聡子の裏切りに戸惑いながらも、興奮を覚える荒木。聡子は共にのし上がるチャンスだと誘いをかけるが…。人生の充実を求め、野心と欲望をあらわにする男女を、濃密な筆致で描く情愛小説の傑作誕生。 ※ 「この商品について語る」では、「この商品について語る」ガイドライン等に基づき、評価の高低等にかかわらず、お客様の自由な投稿を掲載しています。商品のご購入の際はお客様自身でご判断下さい。 製品詳細ページやサーチ結果を表示した後、興味のあるページに戻る簡単な方法についてはここを参照してください。右の列には、ショッピングセッションのお役立ち情報が表示されます。 |
[ 510] 性懲りも無いspey乞食
[引用サイト] http://speybeggar.blog95.fc2.com/
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(モザイクに意味はありません)釣疲れ、とでもいいますか魚ははねるし、朝3時半から夜7時半まで日は照ってる訳ですが釣れれば、辞めようもあるもののつれない。釣地獄ですね。さて、今回は釣友と、朝3時半(!)から川に立ちました。終了は4時半でした。その間、ちびヤマメをそれぞれ一匹釣ったのみでした。目の前で、レッドバンドが跳ね、アメマスらしきライズやら、サクラやら、ウグイやらで、現場は魚影濃し。キャストすると対岸側で、”うるさいぞ〜”アンカーの付近で、”そんなに目を血走らせちゃってさー”、フライの着水点で、"高かったでしょー、この羽”、とあざ笑う鱒達。我々2人は疲労と落胆のコンビネーションから妙なハイテンションをかもし出しながら川を後にしました。さて、つづきですが、帰るやいなやの仕事をかたずけた粘着器質のさえない40男はほぼ不眠不休状態で現場付近へ(仕事で)でかけ、夕まずめにちゃっかりつりなどをしてきたのです。すると、しかるべき場所でしかるべきアタリがあり、やっときた(涙)!とおもって慎重によせたところ、平日、竿をだすと欲深きスペイマンにかかる、”ズル鱒” でした。このズル鱒、ぐいぐいきました。でも、このグイグイ感がねえ...............注)頭の大きい方は(自分も含む)、ハンチングご遠慮ください。 お昼のみの短い時間の釣りでした。コノ時間帯はやっぱり期待薄と見えてポイントはすいてます。でも、やっぱりこの辺の時間帯はダメですね。ただのキャス錬になってしまいました。いい風景ですよね。竿を振っているだけでも気持ちがいい、ということは普通は欺瞞ですけれども、あながちそういうわけでもないと思うのです。で、ちょっと申し訳ない体勢で撮影しましたが(コノ後、元気に泳いでいってます)、本流ニジマス、つれました。ヒットフライはアレキサンドラ。これはいかんと、また重たいニンフに戻すも、反応なく終了。で、今週はこれにて終了。 今日は釣り場のポイント公開について考えてみたいと思います。先ず始めに、私の入るようなところはスペイマンならみんな知ってますですから、心無いあなたの記事が、魚を減らし......とかいうヒステリックな反応は...きっとありませんよね。さて、google earthのフリーソフトで、私の釣地図なるものを作成してみました。(ほんとのこというと、すこしやってバカバカしくなりやめた、というのが真相です)すばらしいのは、魚釣りのアイコンがあることです。たくさん、魚を釣ってる人は、アイコンが鈴なりなんでしょうね。アタリあり、とかバラシとか、アイコン分けると面白いかもしれませんね。ついでに、ポイントは、東経 度 分 秒、北緯 度 分 秒と恐ろしく詳細まで表示できます。皆さんも、釣仲間との会話で、”東経 ウン度ウン分ウン秒(あーめんどくさいです),北緯 ウン度ウン分ウン秒で、なんまらでっけーギンピカの(コラコラ...) かけたべや〜"って、感じでこれまで曖昧に終わった釣談義をより科学的に表現できるものと思います。そして、皆様の釣ブログにそういった情報があると当方としてはやる気がでます。ただし、本流にかぎりですけど。そこにいそうなのはわかっちゃいるけど、出たことないんで心折れるんですよね。ヒゲナガ飛び出すと憂鬱です。なんだか、ほれほれ、これでつれなきゃへぼだぞと言われているような気がして。夕方、フローティングラインに変えて(対岸の同志、上流の同志、見るとみんな下向いてしこしこライン変えている)...鶏の堅めの羽が二枚ついた、なんともいえないへんなものを投げ........何事もなく日没。暗闇を、遅くなってしまったあ、このままではおこられるう〜とクルマを飛ばし(ガソリンを浪費)........なんだか、全然いけてませんね。これを紳士の趣味と呼ぶのはとても微妙な所です。 急に気温が下がりました。おまけに雨の予報。ガソリンも一気に170円となり、展望のない釣行を敢行するか非常に迷いました。行かずに1週間妄想するのも体に悪く......寒い雨の中やって肺炎にでもなったら....いや、やめた、やめた、ここは理性だ、と今週はパスをきめこんでいたところ寒いが川の状況はよく、その皮膚の模様は確認できないということにするが何某かの魚類に属する生物が比較的容易にかかっている様な気がしないでもない、という情報が入ってきたため、結局、悪魔が乗り移り川に出かけてしまいました。そして、真昼間、川から人気がいなくなった辺りに、あ〜、それにしてもスペイはいいなあー、とまったりと楽しんでいたら、きました。抱きしめたくはなりませんでしたが、塩かけてくいてえな、とつくずく思いました。その瞬間、体から憑依した悪魔が離脱していき、はっと我に返り帰路についた、という次第です。 本日、暴発してきました。時は午後4時をまわったか、まわらないか。開始から1時間弱が経過。この区間、今日もダメだったか、まあいいさ、ここで出たためしないし.....と思いながらそろそろ下のエリアに向かおうと考えてました。それは突然でした。スウィングをおわろうとするフライに反応が。30m伸ばしたラインの先端で水しぶきが上がりました。ただならぬサイズでした。テンションをじわりとかけながら、食い込め、食い込め、と念じてました。途中、ラインの張りがただならぬ状態となり、ふとドラッグぎちぎちになってるのにきずきあわててゆるめつつ....距離はじわじわとちじまります。この重量感.........このトルク....なかなかでてこないランディングネットを岸にほおりなげ、どのようにキャッチしようかなと考えてました。りっぱな、背びれが水面からのぞく距離となりました.....ここで16feetのリーダーが私を苦しめます。ラインがほぼトップガイドにきてますがにっちもさっちもいきません。さおを片手で持ち、手を伸ばして、ランディングの練習をしてみました。人気のない渓谷に、太刀持ちのような、土俵入りのようなカッコをするサエナイ40オトコするとです。魚のほうに気をとられ、なんと張り出していた木の枝にさお先がひっかかりました。テンションを感じることができません。(ヒエ〜 ばれるウ〜)しかし、必死に枝からさお先をはずした後もなんとか、魚はついていました。もはやネットでのランディングは無理と判断し、岸にずり上げることにしました。そして、よ〜しよ〜し、おとなしくしろよ〜ハニー, precioooous と引っ張ってきたところ、魚は、水中の木の根かなんかに引っかかった丁度そのときです、ブチっ (ヤッパリやってしまった)魚は一瞬なにが起きたのかわからずジットしていました。しっぽをつかもうと手を延ばした瞬間、やつは逃げさってしまったのです。逃がした魚は大きくみえます。が、推定60cm。実はひれと背中しかみえず、ニジマスなのか、季節ものなのか判別できませんでした。ファイトの様子は季節ものだったかな、という気もしますがなんともいえません。(ニジマスだったらと思うと発狂しますね)ティペットとフライの間の結節から外れてました。本流の畔に一人呆然とたちつくすサエナイ40オトコ.....修行僧ライジング!(どうしたんでしょうか、ついに発狂したんでしょうか。意味不明です) |
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